月別アーカイブ: 2016年8月

ミュージシャン と アスペルガー と アルコール

断酒9週間を過ぎました。

※私は医師ではありませんので、下記文中に「(疑)」が出てまいりますが「の疑いあり」を略したものとします。

私は以前、音楽学院に勤務していました。

Jazz系の名門校で、カリキュラムの素晴らしさに驚き、本当に良い音楽教育の機関であると、今でも誇りに思っています。

曜日限定ですが、カウンサラーさんも常駐されていました。

そこにはアスペルガー症(疑)の生徒さんもいらっしゃいましたし、私自身もアスペルガー症候群です。

大人でも通える音楽学院でしたので、アルコール症(疑)の生徒さんもいらっしゃいました。

アスペルガー症とアルコール症の2つは、ミュージシャンに少なからず見られると思います。

講師の中にもアルコール症(疑)の方がいらっしゃいました。※授業には全く差し支えのない程度ですのでご安心ください

しかし、ミュージシャンにとってはそれが普通で、私も当時は違和感無く勤務していました。

一般の方から見れば、おそらく異常とも言えるこの現象を、私なりに考察してみました。

もともと何かに依存しやすい体質で、たまたま音楽に依存したとします。

「音楽依存症」について、現在のところ確立されてはいませんが、WHO(世界保健機関)の基準に沿って私自身を診断すると、明らかに依存していることが判明しました。

私の場合、音楽への依存度は、アルコールよりひどい結果です。

さらにアスペルガー症の場合は、類い稀なる集中力で演奏技術を習得し、プロミュージシャンになる人もいるでしょう。

そして Jazz に限りませんが、コンサートホールを除き、演奏に酒は付き物です。

もともと依存しやすい体質ですので、最終的にはアルコール症に陥る可能性が高いでしょう。

私はジャズトロンボニストでもあり、「酒とバラの日々」という Jazz のスタンダード曲があるのですが、ジャズトロンボニストにとっては必須とも言える名曲です。

アルコール症になってから知ったのですが「酒とバラの日々」は映画のテーマ曲でもあり、アルコール症の夫婦が堕落と更正を繰り返すストーリーです。

こんな身近にアルコール症という知識が、それも山のように転がっていたにもかかわらず、私はその病に気付かず陥ってしまったのです。

なぜその病に気付かなかったのか、それは、アスペルガー症により、周囲が見えなかったというのも原因の1つであると考えられます。

音楽学院に勤めていた当時、このことに気付いていたなら、そういった授業も必要ではないかと、学院長へ申し出ていたに違いありません。

もし、この記事をご覧頂いている関係者の方がいらっしゃいましたら、出来る限り無償で協力させて頂きますので、是非一度ご検討頂きたいと心から思います。

アルコール依存症(疑)などで私の知っているミュージシャンを少し調べてみました。

  • 草彅剛(SMAP)
  • 沢田泰司(XJAPAN)
  • 高田渡
  • 森重樹一(ZIGGY)
  • エイミーワインハウス
  • エディットピアフ
  • エリッククラプトン
  • オジーオズボーン
  • ギルスコットヘロン
  • グラムパーソンズ(ザバーズ)
  • ジャコパストリアス(パットメセニー,ウェザーリポート)
  • ジャニスジョプリン
  • ジョンアンソニーフルシアンテ(レッドホットチリペッパーズ)
  • ジョンコルトレーン
  • ジョンボーナム(レッドツェッペリン)
  • ジョンレノン
  • スティーヴクラーク(デフレパード)
  • ダイナワシントン
  • チャーリーパーカー
  • ビリージョエル
  • ビリーホリディ
  • ボンスコット(AC/DC)
  • ポールチェンバース
  • マライアキャリー
  • マイケルジャクソン
  • ムソルグスキー
  • ライザミネリ
  • リッチーサンボラ(ボンジョヴィ)
  • ロンウッド(ローリングストーンズ)
  • ロンピッグペンマッカーナン(グレイトフルデッド)

少し調べただけでも、驚くほどたくさんいらっしゃいました。

烏龍茶の摂り過ぎには注意しましょう

断酒8週間を過ぎました。

断酒したてのころ、胃が痛くてガスターを処方してもらったことがあります。

酒をやめたのに、なぜ胃が痛いのか、訳が分かりませんでしたが、断酒によるストレスかな?なんて思っていました。

今考えると、その頃は断酒したことを行き着けの飲み屋さんに伝えて回る日々を送っており、烏龍茶を1日5~10杯ほど飲んでいました。

実際には3~5時間くらいかけて飲んでいるのですが、仮にこの量を1時間で飲むと、急性カフェイン中毒になりかねない量だそうです。

烏龍茶を飲み過ぎると、胃粘膜が荒れるそうですので、烏龍茶の摂り過ぎによる胃痛であったと考えて間違いなさそうです。

烏龍茶は多くても1日 700ml までにすると良いそうです。

予断ですが、烏龍茶の致死量は60リットルだそうで、水の致死量である10リットルを超えるため、烏龍茶のカフェインで死に到る前に、水の飲み過ぎで死に到ります。

怖い先生

断酒8週間を過ぎました。

何だか怖そうなタイトルで申し訳ない。

私の通っている宋神経科クリニックには10名程度の医師がいますが、そのうちの5名くらいの医師に日替わりで診察してもらいます。

終始笑顔で見るからに優しい先生もいらっしゃいますが、怖い先生も今のところ2人います。

精神科の医師がそんなことを患者に言っても良いのか?くらいのことを、怖い先生が言う時がありますが、今のところ家族が同席した時に限られています。

具体的に書くか迷いましたが、具体的に書かなければ意味が無いと思い、医師の発言を書くことにしました。

  1. 「あなたは診てもらっている立場ですよね。私は貴重な時間を裂いて、あなたを診てあげているのです。」
  2. 「治療を真剣に受ける気が無いんでしょ、自分ひとりで治せると思っているんでしょ、もう来なくて良いです。」

今のところ2名の医師から、それぞれひとつずつの上記2つで、結果的には、この発言により、以前にも増して真剣に治療に取り組むことが出来るようになっています。

当初この発言の意味を考え、治療の厳しさを家族にも知ってもらいとか、患者は自分のためだけに治療を受けるのではなく、家族のことも考えて治療を受けなけなければならないとか、そういったとを伝える狙いがあるのかな?という結論に辿り着きました。

しかし、このような発言をしたら、来なくなってしまう患者もいるのではないかと思い、更に他の医師にこのことを話してみまたところ、

「来て下さいねと言っていても、来なくなる患者さんはいますよ。」

うわ、すげぇ、確かに、極論ですね。で、

「精神科は、内科や外科と違い、医師がどうにか出来る病を相手にしているのではありません。医師は最初から白旗を上げているのです。患者のモチベーションを上げるためには、あらゆる手段を選び用いるでしょう。」

という回答でした。

よく考えてみれば、厳しいことを言って来なくなってしまった患者さまが過去に1人でもいたら、私にそんなことを言うはずがありません。

精神科の医師とは、大変なお仕事なのだとつくづく思いました。

表彰

断酒8週間を過ぎました。

明日、クリニックで表彰されます。

2ヶ月弱ですが、休診日以外1日も休まず毎日通院し、断酒を継続しているからだそうです。

「患者として当前のことをしているだけなので表彰しないで下さい」と言いましたが、実際のところ、なかなか出来ることではないそうで、その時は渋々表彰を受けることにしました。

しかし、僕が表彰されることによって、他の患者さまに希望を与えることも目的の1つなのかな?っと思い直しました。

2ヶ月弱ではありますが、私以外の患者さまに対して、ともに断酒に取り組んだ仲間だと、勝手にですが自分では思っています。

仲間のためにもなるなら、喜んで表彰を受けようと思います。

離脱症状の最大ピーク

断酒7週間を過ぎました。

アルコール離脱症状の最大ピークは、断酒後6ヶ月にやってくることが多いらしいです。

これは、最飲酒欲求が最も高くなることを意味すると思っています。

休職していた場合、復職による影響などもあるかと思われますが、私の場合、日曜日や祝日などクリニックが休診の時には出勤し仕事をしているので、完全復職によるストレスはあまりなさそうです。

私はもうすぐ2ヶ月というところですので、4ヶ月後あたりにどうなっているのか、変な言い方ですが、ちょっと楽しみです。

やはり特殊な病院

断酒7週間を過ぎました。

なんと、病院から暑中見舞いの葉書が届きました。

それも私と家内に1通ずつ、ちゃんとスタッフから一言も書いてありました。

病院からそのようなものが届くことは僕にとって初めてでしたので、結構驚きました。

なんと言うか、本当にありがたいです。

酒害体験を語る

断酒5週間を過ぎました。

酒害体験を語る(語り続ける)ことは、断酒の3本柱のうちの1つだとか。

この酒害というものにピンと来る方もいらっしゃるでしょうし、そうでない方もいらっしゃると思います。

酔って覚えていないこともあるでしょうし、何より今までそれが当たり前だったわけですから、ピンと来ない場合でも当然かと思います。

しかし、断酒生活を続けていると…

飲酒していれば、おそらくこう発言してしまったけど、断酒している今だから、こう発言できたのだろう。

と、思うことに、私の場合、多々出くわします。

飲酒時代を思い返せば、周囲の人々が私を思いやり、いたわってくれていたことにも多々気付かされます。

そこから、過去にこんな場面もあんな場面もと思い返し、もちろんその殆ど全てが酒害であったことに気付かされます。

それらに気付くことが出来なかった、いや、気付こうともせず、気付くはずも無く、ただ1日中、呑むことを最優先に考えていたわけですから、これが酒害であったと言わずして何であると言えるのでしょう。

なかなか上手く言葉に出来ないのですが、私にとっての断酒生活は、とても充実した奥深いものになっています。